黒猫の宅急便 第1話-第4話

黒猫の宅急便

第1話【黒猫】

ふと目を上げると、短針は1を指していた。

「1時か」

年末の納期まで時間がない。普段は仕事を家まで持ち帰ることはしなかったが、今回に限っていえばそんなゆとりはないのだ。

トンボは今の会社に入って7年目だった。SEという仕事は、仮説を立ててそれを実際にやってみるということを何度も繰り返す。文系だったトンボにとって、パソコン上とはいえ、実験のようなことを仕事として行えることに喜びを感じていた。

「ジジ、俺みたいな飼い主でおまえも大変だな」

トンボは愛用の黒マウスに声をかけた。マウスなのにジジと名前をつけたことに、自分の頭のおかしさを自覚する。

それでも最近のプログラムは、部品と呼ばれる既製のプログラムを組み合わせる方法に変わってきていて、独創的な考えを実現するのは難しくなっていた。今回も、後輩が組み合わせで作ったプログラムのバグを探していた。

ジジは「そうだね」の代わりに「カチッ」と答えた。

その答えのせいかどうかはわからないが、トンボは突如ノドの乾きを覚えた。

今日、会社で買ったビタミンウォーターがまだ半分残っていたはずだ。

トンボはいつも会社へと持っていくリュックに手を入れた。右手でマウスを操作しながら、左手でリュックサックをまさぐる。そのとき、ふとした瞬間にピンク色のものが机から落ちた。それはこの前、歌舞伎町でもらったティッシュだった。

「黒猫の宅急便か・・・」

2日徹夜をしていることや、ボーナスのせいで気が大きくなったのかもしれない。何より、デバッグの目処がある程度ついたことで、安堵している部分もあった。

気がつくと、携帯で検索をしていた。

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黒猫の宅急便

あなたの疲れたココロを癒します

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そのまま、出勤のリンクを押してみた。

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ナウシカ シータ トトロ ・・・・

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「あった、キキ」

キキは、出勤中だった。

第2話【ゼロゼロ】

キキは、出勤中だった。

サイトの電話番号をクリックすると、「電話かけますか?」と出てきた。「はい」を選んでコール音がなるのを待つ。

3回程、コールを聞いただろうか。相手は「はい。黒猫の宅急便です」と答えた。

このときの男の声は好ましいものだった。あまりにテンションが高ければ胡散臭さを感じてしまうし、逆に低ければ、堅気ではないものを感じてしまう。男の声は、その中間にあるものだった。

トンボが、「初めてなのですが」と言うと、相手の男は3点ほどをかいつまんで説明してくれた。

①60分 18,000円であること

②指名料は初めてであれば無料であること

③そのほかに料金はかからないこと

「キキさんをお願いしたいのですが」と言うと、「少々お待ちください」の声の後、「大丈夫です」と相手は答えた。

電話を切った後、トンボは学生時代を思いだしていた。90年代くらいだろうか、ノストラダムスの大王は降ってこないし、北斗の拳が描く世紀末もこなそうだった。ただ2000年問題でコンピュータが狂うというニュースが流れていたのを思いだしていた。

昔のコンピュータは容量が少なく、西暦を下2桁でしかもっていない。そのため西暦2000年は1900年と認識される。コンピュータが狂って、核戦争までもが起こる危険性までも指摘された。

そういや、月面に着陸したアポロ11号の性能はファミコン以下だったっていうトリビアもあったな・・・。

そのとき、ふいにチャイムがなった。インターホンで見てみると、黒ずくめの女が立っている。しかし、顔までは見えない。

「今は2014年だから、1914年。第一次世界大戦だな」

自分を落ち着かせるためなのか、トンボはそんなことをつぶやきながら玄関へと急いだ。

第3話【時計じかけのマツコ】

「行く意思固く、第一次世界大戦」

そんなことを言いながら玄関へと急いだ。

ひんやりとした廊下の冷たさを感じながら、スニーカーの上に足を置いてロックを外す。ネジも、蛇口も、そして鍵も開けるときは反時計回りだ。そんなことを知るまでは、硬い蛇口を開けるときにどっちにまわしていいかわからなかった。頭も反時計回りにまわせば緩むといいのに。

ドアを開けると、そこに立っていたのはマツコデラックスだった。

それは「マツコ」ではなく、「マツコデラックス」だった。

「こんにちは。」

マツコデラックスが挨拶をしてきたが、愛想笑いしかできない自分がいた。

もう深夜2時だというのに『こんにちは』はないだろと冷静な自分がいる。

「キキさんですか?」

「はい」とマツコデラックスは答える。

なぜかトンボも「こんにちは」と口に出した。

意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

大学で民法を習ったときのことを思いだしていた。

黒猫の宅急便 第4話【竜王】

「寒いので中に入らせてもらっていいですか」

「あ、はい。すいません」

ドアを開けると同時に、頭のネジが時計周りにしまる音がした。

「加工肉に発ガン性がある」と朝のニュースで流れている。

ちょうどパンにハムをはさんで食べているところだった。

ハムが急にまずくなった気がした。いったい、明日から何を挟めばいいのだ。

ロングブーツを脱いでいるマツコデラックスを見ながらそんなことを考えていた。

「入っていい?」

「あ、すいません。汚いですけど、どうぞ」

1Kの部屋にはベット、机、カップラーメンの湯切りにしか使われないキッチンがある。トンボは本能的にマツコデラックスに机の椅子を薦め、自身はニトリで買ったパイプベッドに座った。

さて、最初に何を口にすべきか。こういうときは先手が不利だ。わかってはいるが、いつも先手をとってしまうトンボだった。

「えーっと、キキさんですよね?」

「え、何それ。どういう意味?」

話さなきゃと思って、墓穴を掘るのがトンボの悪い癖だった。それを自覚はしているが、悪意のない言葉を、悪意をもって解釈する人は嫌いだ。

「あー、なんか冷えちゃった。トイレ貸してもらえる?」

「あ、そこの電気がついているところです」

冷えたのは俺のせいじゃないだろ。

卑屈な解釈をする自分を、ますます嫌いになった。

マツコデラックスがトイレに行っている間、次の手を考えていた。

お金だけ払って帰ってもらうか・・・。でも、また何を言われるか。素直に帰ってくれるのか。

ふいに、水が流れる音がした。先手、残り10秒、9、8・・・

残り時間が3秒を切ったとき、トイレから出てきたのは「あまちゃん」だった。

能年玲奈ではなく「あまちゃん」だった。

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